捨てるか売るか

 書いている時も思っていたけれど、昨日の日記が存外に酷い。酷いというか書こうという意志が低いというか頭で考えずにとりあえず字を書いたような文章になっている。それもそのはずで、昨日は出張先で椅子寝り(椅子で寝ること:多分ファミ通語源)を1時間と新幹線内で新横浜から東京までの間の30分弱ほどしか寝ていなかったので眠さのピークに達していた。ピークに達した状況でもう寝るしか無いと思った後に書いていないことを思い出して書いたので無理もないような気もする。ただ、そんな文章を書いて何の意味があるのだろうか、という想いもある。最終的に単なる自己満足なのは分かってはいるけれど、誰か一人くらいにはそれを読んで何か思うところがあればな、なんてことを地味に考えて普段は書いていたりするのでそれも無いような文章であればはっきり言って無駄だろう。ただまぁ一日を記録しておくことに多少の意味はあるだろうとも思う。それだけならオンラインでやることでもないが。

 昨日は久々に「顔見知りだけどそれほど話があるわけではない」人達がたくさんいる結婚式の二次会に行ったので気持ち的にものすごく疲れた。何しろ挨拶しないのも不自然だけど話しても二言三言で会話などなくなるのだ。そういう状況で話すのはお互いにとって時間の無駄だろう。相手の貴重な時間を奪うことになるし、それ以上に自分の時間も奪うことになる。だから別に話さなくていい奴とは話さないのがお互いにとっていいことだ、と私は思っている。挨拶をして「最近どう?」なんて曖昧な質問をし、当たり障りのない事を答えあう、それが何になるんだろうかと考えてしまう。多分自分はプロ棋士などほどにはいかないけれどほんの少し先ぐらいを見ているのだろう。仕事でもプライベートでも、必要だと思えば話もするし仕事であればいくらでも相手の気分がよくなるよう振る舞える(出来ているかどうかはまた話が別だが)。でもそういう必要が無い場面ではそう言ったことは全くやりたくならないし、やる必要もない。そんな風に動いているのではないだろうか。自分でもあまりよくはわからない。
 友達はたくさん作っておけ、何かあった時に助けてくれるから。という話をよく聞くけれど、実際問題として何かあった時に助けてくれるような友達になるにはかなりの時間や経験を共に過ごす必要があるように思う。たまに飲み会で会って二言三言話すだけのような奴には誰も助けてはくれないだろう。助言とかアドバイスという名の個人的な感想を送ってはきてくれるかも知れないけれど真剣になど考えていない適当なものだ。助けて貰うようになるほどの仲になるには少なくとも自分から相手に何かあった時は助ける腹づもりでいる必要がある。自分にはそれがない。逆にそういった関係を育む時間を、「何かあった時」が起こらないようにするための勉強にした方がいいように思う。

 今日は、というかこのところの休みは地味に部屋を片付けることを目標に色々とやっている。漫画はこれからも際限なく増えるだろうし、オタクはとにかく物が増えやすいからその辺を工夫する必要が常に隣り合わせだ。出来ればもっと広い部屋に越したいけれど今のところそれも望めそうにない。恐らく二部屋ぐらいある場所に引っ越しても生活は出来るだろうとは思うが今の8.6畳家賃2万から家賃が段違いに高くなることが容易に予想できるのでそれをするくらいなら他のことにお金を使った方がいいという気持ちになってしまう。
 私は自分では中古の物というのはまず買わない。たまに絶版になってしまっている本を買ったりはするがそれ以外は漫画もゲームも全て新品を買っている。これは潔癖症というわけではなくて、そうしなければ著作者に金が入らないと考えてのことだ。本は新品を買わなければ著者にお金が入らない。中古の物は左から右に流す人だけが儲けることになる。そう言うことに少し抵抗がある。恐らくは同じような抵抗が江戸時代にもあって、そのせいで士農工商で商が形式的には身分が一番低いのだろう。あくまで生産者が上で流通者は下だ、という考えでそうなってるように感じる。
 ただ新品至上主義なわけではなく中古市場自体は必要な物だろうと考えてはいる。ある程度は裾野を広げる役に立っているからだ。中古ショップに売って別の新しい物を買う人もかなりの数がいるだろう、そういう風に見れば新品を買うことを促進するような役割も担っていると言える。
 今回そんなことを書いたのは、私が今ゲームを中古ショップに売るかどうか考えているからだ。みんなに新品を買って欲しいのであれば中古市場に流すこともない。ただじゃあ家に死蔵しておいたり、捨ててしまうのをただよしとするのか、という疑問もある。本の場合は捨てた。自分がいらないと判断した物を他人に流す、という行為に疑問を感じたからだ。ゲームの場合はどうだろうか。それを捨てることこそが失礼なのではないか。死蔵しておくのも同様だ、と思わなくもない。その辺の答えはまだ出ていない。ただ家には結構な数のゲームがあって、それは既に死蔵されているだけで、かつずっと残して置きたいと思うほど執着のあるものはあまりない。これをどうにかしなくては新しい物を置くスペースが無くなるわけで、要するに捨てるか売るかをする必要がある。必要に差し迫らないと考えないことではあるけれど、捨てるか売るか、数日はそれを考えてから決めようと思う。