ボールにかける日常

 いつも通り目が覚める。24時過ぎ就寝の5時おき。今日は会社が終わってから外でご飯を食べる用事があったためパソコンを持ち歩くのを自重するために家で8時過ぎまでパソコンでカチカチとやっていた。途中で少し寝てた可能性があるものの、概ね集中できたと思う。これがもっと家で集中できるようになればわざわざ外に行く必要もなくなるのだけれど、ネットに繋がる様なところにいるとすぐにサボり出すところがあるので強制的にネットから隔離させるのは私にとってはまだまだ有用。

 そんなわけで今日もギリギリで会社に向かう。9時近くなってから外に出るから人も多いし車も多いところが難点。朝早い時は人なんて滅多にいないし、車の数も少ないのでスイスイ駅まで行けるのでやっぱり朝早く出た方がいいかな。ただ朝は、他人の家のゴミを漁っている人など変な人に出くわすこともあるのでその辺がちょっと怖い。車も飛ばしているが多いのでその辺についても注意が必要。
 会社は今日も研修だったので割と和やかに過ごせた。ただ研修は研修で佳境に入りつつあるので研修の時間以外でやらなければいけない作業が出て来たのでその辺が大変だ。会社の情報は家に持ち出せないので会社でやる必要があるけれど、会社でやる時間をどうやって捻出するか……という感じ。上司が行けって言ったから行っているのにその事について全く考慮されていないのだけ何とかしてくれればいいのだけれど。

 研修なんかをやっていて思うのは「とにかく発言した方がいい」ということ。座学でもそうだけれど、それはレベルが高いかもしれない。でもグループワークやグループディスカッションの際には絶対に発言をするべきだと思う。するべき、というか発言しないのなら研修に参加してないのと同じである。「こんな事聞いたら何も知らないと思われないだろうか」とか「見当違いな事を聞いてるんじゃないか」と思って発言しないのだと思うけれど、そんな心配は無用だ。知ってて当たり前のような事でもそれを聞くことによって、1つの物に対して共通的な認識を持つことが出来る。それに、同じように思っていて発言しない人もいたりするのでその人の助けにもなる。リーダーや出来る人なんかが訳知り顔で「○○って知ってる?」なんて言ってきたら怒り出す人がいるかもしれないけれど、おずおずと「○○って××って意味で使ってますか?」などと発言してくれれば出来る人にとってはものすごく助かる。当たり前そうな事ってみんなが「知っていて当たり前だよな」という意識からかそれほど知らなくても黙っているのでお互いが異なる前提を元に話している事が多い。そのため、後々でそれに気付いて重大な手戻りが発生する、と言うことが実際起こる。
 例えば今日の研修なんかでは「多重をかける」という言葉を使って話していたのだけれど、微妙に話がかみ合わない。そこで「『多重』ってどういう意味で使ってる?」という話になったのだけれど一人は「Aという業務と同時にB、C、D、Eという業務を同時に動かす事」という話だった。それに対していま一人の回答は「Aという業務を何重にも動かす事(つまりA、A、A、A、Aと同時に動かすこと)」と言った。「多重」なんて簡単な言葉であってもその人が普段使っている職場での使い方などで考えが固定されてしまって自分が考えているのと同じ定義で相手も話していると思い込んでしまう。その結果言葉では同じ事を言っていてもお互いの頭の中では全然別々の事を考えている、ということになる。
 こういうのは何も集団での話し合いだけで起こることではなくて、1対1の会話の場でも常日頃から起こる事だ。だから普段からそういうことを確認できるようにしておいた方がいい。相手にバカだと思われるかも知れないけれど、後で手戻りが起こる方がよっぽど被害が大きいからだ。

 仕事が終わってからは珍しく職場のイベントに参加。ボーリングなどをした。昔一時だけボーリングに少しはまった(と言ってもたかが知れているが)ことがあって、その時には170とか180とか出るようになったのだけれど、そんなことは本当に今は昔、という感じで1ゲーム目は120ぐらいだったが2ゲーム目は100いかなかった。しょぼ。
 とは言え同じようなもんの人もたくさんいたのでまぁ楽しくできた。中にはマイボールとかマイシューズとか持ってきてる本気の人もいて200以上のスコアをたたき出してたりした。すごいなぁ。でもきっとそういう人は常日頃から練習しているはずなので、普段何もしていない私がうらやましがるのも筋違いだ。
 終わった後は軽く飲み会。酒を飲みながら結果発表など。当たり前だけれど入賞はしていなかった。みんなが酒を飲んでいる中でオレンジジュースを端っこでちびちびと飲みながら日陰者同士で話してたりなどした。人と話すことの利点は自分の全く知らない話が聞けるところにあると思う。ネットなんかはあくまで自分が知っている事を深く調べるのには役に立つけれど、全く知らない事についての情報というのは手に入れることが難しい(ほぼ出来ない)。でも大抵の他人は私が思いも寄らないことを知っているので、そういう話を聞けた時は今日のように「人に会って話すのもいいものだな」という気持ちになる。弓道についての話などをして興味深かった。自分の想像の中で考えていたのと実体は全く異なっている事だけはわかった。こんな情報はネットからは決して入手できない。

 そうやって割と充実して帰って来たけれど、家に帰って23時を過ぎている時計を見ると「ああ、一人だったらあれもこれもそれも出来たなぁ」なんて事を考えてしまう。やっぱり一人の方が好きなんだなと言うことを再確認するのはこういう時。
 Macの電源を入れて、ブラウザを立ち上げ、ニコニコ動画を開き、昨日に引き続いて「ダブルラリアット」を流しながらお茶を入れて飲んだりしつつ日記(これ)を書くなどした。明日早く起きるために今日はもう寝るか、今日は何も自分の事をしていない(朝やったけど)ので何かしら活動してから寝るかを思案中。寝た方が時間を有効活用できるのはわかっているけれど、毎日コツコツと、少しぐらいは作業を進めないと駄目なんじゃないか、という葛藤の中でこれを書いている。私の運命やいかに!